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自分を振り返る

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箸休め的な話しを。

旦那氏の叔母にいつも私の境遇を嘆かれます。
そんなに不便ではないよ?と思うのですが、元働いていた会社の人との会話の端々に

どうしてそんな事知ってんの?

とか

ありえないほど経験してるね

とか

言われていました。
自分で振り返ってみると、ダメ男ばかりにひっかかってるな〜という印象しか残らないのですが確かに波乱万丈かもしれません。

生まれてから小学校卒業まで

私には3歳上の姉がいました(過去形)

3歳の頃、母親が浮気をして離婚しました。(理由知ったのは成人してから)浮気相手と再婚するとの事で子連れ再婚で子供が大変な目に合うのを予想し父子家庭という道を選ぶ祖母と父。

未子だから、まだ小さいから可哀想と甘やかされ小学生時代は比較的平和に暮らしていたと思います。
しかし小学校低学年の頃、父は胃癌で入院します。
その後、今度は料理中のガスで中度の火傷も負います。
父も不憫な方だったと思います…。

姉は体が弱く、いつも熱を出し扁桃腺が腫れるので扁桃線を除去する手術行います。

自営業をしていた父は私が小学4年生頃までは普通?の生活だったと思いますが経営は傾き始めていた。

父親は競馬好きで幼稚園時代から競馬場で姉に世話を任せ競馬場の遊び場で毎週遊んでいたのを覚えています。多分父親はダメンズ。祖母が元お嬢様な人だったのでお手伝いさん任せだったのもあるでしょう。

中学から高校まで

ここから人生を転がり落ちていたのかもしれません。

中学入学直後に祖母が脳卒中で倒れ入院。半身不随に。
経営の悪化、祖母の入院費。重なっていく借金。なんとなく中学に上がると家の状況がわかるようになってきます。
家にはローン会社からの電話が毎日のようにあり、居留守を使う父。

そんな父を支える姉に父は頼ります。
まだ状況を知り始めた私より姉の方が頼りになるとの判断は間違いありませんが、疎外感はかなり感じていました。

県外のリハビリ施設へ行った祖母へ毎週行く姉と私。
しかしその県には競馬場がある為、父は祖母の元へは行かず競馬場へ…。

体の弱い姉と中学に入ったばかりの私で家事をこなし、仕事を手伝い

叔父は怒り出します。私も父への不信感が募ります。
でも明るく怒らず優しい父を嫌いにはなれませんでした。

中学2年頃から私は謎の腰痛、足の痺れ、偏頭痛で悩まされ体力も低下し休みがちになります。

なんとか中学を卒業し、体の弱い姉は家計を助ける為に就職をします。
私も成績が下がりつつも卒業し高校に入学しますが、とても姉の少ない給料では家計はどうしようもない事を肌で感じ学費と自分の小遣いは自分で稼ぐと決意しアルバイトに明け暮れます。

その時に知り合ったのが社員の20歳の男ですが三股かけられてました(笑)

一度はリハビリで復活した祖母もまた倒れ、ほぼ寝たきりに。
家庭内介護が始まります。
同時期に姉が体調不良を訴え、姉が家庭に入り介護のみで生活する事に。

学費、テキスト代、修学旅行積立と出費がある中で学校を休んでもアルバイトは休まないという謎の生活を送ります。

三股男のせいでアルバイト先を変え、新しい出会いが最初の主人です(不幸の始まり)

18歳から23歳まで

高校生活も残すところあと数ヶ月。
そんな時に妊娠が発覚します。(避妊失敗1回で大当たり)
私は専門学校に行くために貯金をしていたので諦めきれず卒業後、専門学校に入学しますが妊娠した状態でどうするか、彼と話し合いは平行線です。
正直、お腹で子供は育って行くのに私は学校で精一杯で彼は重く考えていなかった。

ちょこ
ちょこ

どうしても専門学校は卒業したい!今まで頑張った私の夢!

何度も悩み堕すことを決断。病院へ行くも既に妊娠4ヶ月を超えており異常に大きくなったお腹。医者は堕胎を拒否します。

せっかく宿った命。私は祖母の「なんとしても堕胎しろ」を拒否して産むことを決意します。

そして大きな病院へ行った結果判明したのは

双子ですね

ちょこ
ちょこ

双子……堕胎しなくて良かった!

そうして始まった慌ただしい結婚式。

ツテを使ってホテルを押さえ結婚すると決めた2ヶ月後に結婚式。
父親は無表情。祖母は最後まで納得せず。叔父は苦い顔。姉は自分達の親戚しか相手にしません。
逆に彼の親戚達ははしゃいでいます。

この温度差は、私達の親戚達は祖母、父を含め大卒で公務員、警察官僚、医者、病院経営者、議員。
逆に彼の側は母子家庭なので母親と弟、親戚は大工、農家、農家、農家…

農家さんを否定するわけではありません。実家の家計は火の車なのに良い所の嫁を貰って安泰というあちら側の親戚達の言葉が飛び交っていたからです。

結婚式が終わり、当日彼の家に行くと義母と早速洗濯物を畳む事から始められ「離婚するなら子供は母親が引き取ったほうがいい」という言葉。

上手くいくわけがありません。18歳の嫁なんて嫌だったんでしょう。
彼の母親の周囲だけは私の父がイケメンで有名だったらしく(その時知った)私達の憧れだったのよ〜とおばさま方ははしゃぎます。

耐えられず家を出てアパート暮らしへ突入。

ちょこ
ちょこ

そのうち家でも買いたいね。

夢を語った私に対する彼の言葉は

主人
主人

夢なんてみてんなよ

多分ここで不穏を感じていれば良かったのです。

保育園へ双子を預け、私はアルバイト、彼は洋菓子店で正社員。
しかし不況の波が襲ってきます。
まだ20歳前後の夫婦。彼は遊びたかったのでしょう。子育てよりも。

働いていた洋菓子店が不況の煽りで半日しか仕事がなくなります。
正社員としては無理と言われアルバイトに格下げまでされてしまいました。

ちょこ
ちょこ

辞めて他に仕事を探した方がいいんじゃない?

ちょこ
ちょこ

普通に会社員でいいでしょ?工場系でもいいじゃない。

主人
主人

俺は楽しい仕事しかしたくない。

始めたのはゲームセンターのアルバイト。
時給は夜間なので高いですが昼間は双子が保育園。
私が保育園お迎えに行って帰宅すると彼はもうアルバイトで居ない。
完全なすれ違いのうえに、私1人で子育てをしている状態。

そして悪化する祖母と介護と借金まみれの姉と父が気になります。
週末空けば実家へ行き介護の手伝いをしつつ子供好きな姉と双子を遊ばせる。

そんな生活が3年続きましたが限界が来ます。

当時私はアルバイトで顔が広く、女友達と同じくらいに男友達も多かったです。
双子を連れて遊ばせるのに大変な時は男友達にも頼りました。

軽率だったと今では思いますが私も必死でした。
子育てをしない、子供が2人もいるのにゲームセンターでアルバイトという状況に怒った男友達は彼に釘を刺しにアルバイト先に行ってしまいます。

「ちょこの旦那ってあんたか?バイトかよ!」

それを聞いた彼は

主人
主人

浮気をしている!

泥沼離婚劇の始まりでした。
私ももう疲れ果て、姉も彼に対する険悪感で離婚を勧め寝たきりの祖母まで離婚を勧めてきます。
離婚への話し合いが私の実家で始まりましたが、父がアルバイトで仕事していても先がないだろうという言葉に対し

主人
主人

ちょこは浮気をしている!

ちょこ
ちょこ

してない!何言ってんの??

というやり取りの中で父は

「お前もか…」

彼は深く…深く父を傷付けてくれました。

浮気なんてしていないという事を家族から理解を得て親権に関して家庭裁判所で3回ほどやり取りをし、無事離婚となりましたが、裁判中に

「旦那さんはこれからやり直したいと言っていますが」

どの面下げて!!と思いましたね。まず正社員の面接受ける姿勢を見せろと思いました。

次回、双子が小学生になるから始まります。

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